Metroid

25 Sep 2019

Interview: Idzuki Kouji (Japanese Translation)

出月先生、シャインスパーカーズのインタビューを受けてくださり、誠にありがとうございます。まず、出月先生を初めて知る読者のために、自己紹介をしていただけますか。 私は主に日本の児童雑誌にゲームを題材とした漫画を描く漫画家です。 自分がアニメやゲームが好きな事がこの仕事に繋がったと考えています。 任天堂以外ではカプコンのロックマンシリーズ、ロックマン8とロックマン&フォルテが代表作です。 先生にとって、漫画を描くことはどのように始まりましたか。どのような出来事が先生を漫画の世界へと導いたのでしょうか。 漫画を描くキッカケはやはり絵を描くのが好きだった事です。やりたいけど無理だろうな。ではなく、一度は挑戦しなきゃダメだと思ったからです。 どのような経緯で「サムス&ジョイ」を描く機会を得る事ができたのでしょうか? ゲームなどのコミカライズ作品を描く場合、出版社(講談社)が権利等の2次使用の許可契約を権利元(任天堂)と交わしますが、その後にそれを誰に描かせるか検討されます。自分は当時アクションと元気な子供を描ける作家と評価されていた為に、複数の候補者から自分が出版社、任天堂の両者に選ばれたのだと思います。 確かに、任天堂からの承認は必要だったでしょう。ストーリーに関して、任天堂の関与はどのようなものでしたか。 最初はハードな世界観を持つメトロイドに少年を登場させるオリジナルの物語に任天堂側は強い拒否反応を示しました。 ハードな世界観が崩れると考えたのでしょう。 ですが、私自身は子供にサムスアランの勇姿を通じて、強い正義と覚悟を持った大人の背中を見せたいと思っていたので私の物語に子供を登場させる事は絶対に外せないと引き下がりませんでした。その為に任天堂のある京都の任天堂本社まで出掛けて担当者や坂本プロデューサーと直接交渉をしました。それでついにメトロイドの世界観に少年を登場させる外伝として『メトロイド サムス&ジョイ』は誕生する事が出来たのです。 ストーリーの一部分でサムスは両親と鳥人族(Chozo)を回想し、彼らは田沢堅士先生の「メトロイド」前編マンガと同じ容姿をしていましたよね。お二方の間にコラボレーションのようなものがあったのでしょうか。 石川堅士さん作画の漫画『メトロイド』は自分と同じ時期に同じ講談社内でスタートした企画ですから、歩調を合わせる意味もあり、サムスの両親は彼の作画を意識して描いた記憶があります。 第12話のあるシーンで、「Metroid Other M」という別作品内でも彼女が行ったように、サムスが拒絶の動作と同時に「異論は無いな ?」と尋ねるシーンがありますよね。このシーンについて、坂本賀勇さんは助言をなされたのですか? 私の描いた『サムス&ジョイ』は本家の世界観や設定を壊さぬ範囲でオリジナルに話を進めましたが、それについて坂本プロデューサーから助言等は無かったと思います。 ただ、作画前に任天堂のシナリオチェックや変更指示はあった筈ですが、基本的には自由にやらせてもらいました。…