Metroid

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22 Dec 2018

Interview: Hirokazu Tanaka (Japanese Translation)

田中さん、シャインスパーカーズとインタビューを受けてくださり、ありがとうございます。あなたが知らない読者に、紹介していただけませんか。 1957年生まれ。1980年エンジニアとして任天堂に入社。1999年退社するまでにアーケードゲームの開発、G&Wの開発、ファミコン、ゲームボーイの音源開発、ゲームソフトの開発に従事して来ました。1999年退社し、現在は株式会社クリーチャーズの代表取締役社長をやっています。 「メトロイド」が日本に発売した時から30年以上過ぎました。このゲームに対するあなたの貢献は今日もこのシリーズのインスピレーションの源であり続けています。その時に、このゲームにどう参加したのを説明していただけませんか。 メトロイドは任天堂開発一部で制作され、たまたま自分は一部のサウンド担当だったからです。 「メトロイド」でのあなたの目標は音楽とサウンドエフェクトの間に隔たりを感じさせないサウンドトラックを作ることでした。まるでプレイヤーが現実の中にいるという感じですね。今日のゲームとは異なり、ファミコンはオーディオチャンネルが少なかったですよね。この限界に取り組みながら、あなたの目標はどう達成できたのかを説明していただけませんか。 大げさに考えた事はなく、ただただメトロイドというゲーム内容に相応しい効果音の演出、BGMを 作りたい、とだけ考えただけです。 「メトロイド」のブリンスターのテーマはゲームの後のほうの音楽と比べるとより明るく、またそんなに怖くないですよね。そして、後のメトロイドゲームでも使用されました。なぜそのテーマがとりわけ長く生き残ったと思いますか。 ブリンスタの音楽はゲームのスタート時のBGMであり、メトロイドというゲームの世界に入りやすくするため、他のBGMとは差をつけたいという思いがありました。 なぜ長くいきのこったか?に関しては、ただ最初に流れたBGMだった、、としか言いようがないと思う。 Red Bull Music Academyの講義で、任天堂はあなたの「メトロイド」の音楽へのアプローチが好きではなかったし、曲として暗すぎると感じていたとおっしゃっていましたね。あなた自身はこの批評についてどう思いましたか。任天堂の言う通りにするためにアプローチを変えようと思いましたか。 それは翻訳のミスだと思います。そうは言ってなくて、、当時のゲームの音楽はマリオのように基本楽しい雰囲気が主流であり、営業の人とか、そういう人たちからは受けが良くなかったと感じました。そういう風に思われてるだろうなぁ、と感じただけで、会社から直接言われたわけではないです。でも、当時、開発以外の他部署の方々からすると自分達を支えてる商品でありながら、ゲームの中身に関しての理解は薄かったと思います。それは当然で、ゲームソフトの歴史が始まったばかりなので、仕方なかったと思う。 あなたが作った音楽に対してあなた自身はどう感じていますか。お気に入りの曲はありますか。 これが好き、あれは嫌い、と言うことはないです。個人的には全て好きです。 あなたの音楽に動かされて自分のアレンジを作ったファンもいます。ファンが作った音楽は聞いたことがありますか。あなたの音楽をリミックスする人についてどう思いますか。 自分から検索して聴くという事はないけれど、Twitter などで知らされることが度々あり、そういう場合はちゃんと聞いています。とても光栄に感じるし、嬉しく思います。…